音琴 茉依 (信州大付属松本中学2年・松本市)
〈平和への意識を共有できる〉
2001年9月11日の米中枢同時多発テロで崩壊した世界貿易センタービル(WTC)の跡地に、テロで亡くなった人達の遺族の皆さんが作った「9・11家族会」が運営するトリビュートWTCビジターセンターがあります。また、別に国が運営する9・11メモリアルミュージアムというのもあります。
ここには、①家族を亡くした人たち②ビルから避難できた人たち③ビルの人を助けるために働いた人たち④現場周辺の住人⑤遠くからきたボランティアの人たち―が経験したことの資料などが音声、写真、ビデオなどで展示されています。
特に心に残っていることは、消防士の夫を亡くし、「被害者の数はその多さだけ見るのではなく、亡くなった一人一人が誰かの大切な人であったことを分かってもらう」ために9年半ボランティアで話を続けているアンさんのお話です。
テロリストはテロを起こすきっかけを作った。その国の罪のない人を殺すことは許されない。しかし、殺された人の家族は、これからテロや戦争を無くしていくには何かを憎むことはしていけない、と次世代に教えていきたい。自分がよく知らないことに直面すると、おそろしい、不安だと思うが、自分でたくさん学んで考えを見つけたり、みんなお互いに他人のことも理解する努力を忘れずに、直接会って顔をみて話し合ったりすることが大切だと教えていただきました。
同時多発テロで初めて国土に被害を受けたアメリカは一般の人々が原爆を次世代に伝えていこうとする日本と共通した意識があることが分かり、これから平和への意識や行動を共有できるのでは、と思いました。
〈原爆被害もっとアピールを〉
渡米初日、アメリカン大学で原爆展を取材しました。
日本人のお母さんから原爆について話を聞いていた同年代(13)の米国人は、原爆の投下は必要なかったと考えていました。その理由は、「罪のない市民がたくさん亡くなったから」。でも、中学で原爆について学んだ時、生徒の50%以上が「原爆投下は仕方がなかった」と答えたそうです。私は、戦争を経験した人たちだけでなく、同年代の人も仕方がないと思っている人が多いことに驚きました。
なぜそんな考えが多いと思うか尋ねると、「原爆は結果的に戦争を早く終わらせたし、アメリカ人の兵士が死ななくて済んだから」。世界の一番を自負する国民としてのプライドがあり、投下したあやまちを認められないのかと感じました。
子どものころに戦争体験した80代の男女2人への取材で、「たくさんのアメリカ人にこの展示を見て、原爆の被害や悲惨さを認識してほしいし、二度と起こらないように次世代へ伝えていってほしい」と泣きながら話していたことが印象的でした。
今回の展示は被爆した品25点、「原爆の図」が6枚ありましたが、そのシーンは原爆の事実だけではなかった気がします。私が前に見た被爆した街や人の様子の写真、ビデオの説明はインパクトがあるのに、多くなかったのは残念でした。
また、この原爆展は20年前には反対があって場所が変更になったり、20年ぶりの開催だったり、訪れるアメリカ人が少ない気がしたので、もっとこの展示を9・11記念博物館のようにアピールするべきだと思いました。
私たちも日本で、さらに海外へ発信するなど、できる努力を続けることが大切だと思いました。