一般社団法人 長野県新聞販売従業員共済厚生会

取材報告

大日方 慶樹 (西部中学校 中3・長野市)

国際連合と平和


国連のスクールボックス.JPG国連のスクールボックス 最初に建物を見たとき、非常に感銘を受けた。歴史や公民の教科書の国連は隅の小さい挿絵の中。でも今はすべてを押しのけて視界の中いっぱいに広がっている。国連を案内してくれたスタッフが一番最初にこう案内した。「ここはアメリカのニューヨークではありません。193か国の中です」
各会議室をのぞいた。自分が見たどの会議室にも共通していたのは、椅子にチャンネルがついているということ。会議室の隅に設けられている通訳席で各国の言葉が通訳され、そのチャンネルを通して自分の聞きたい言語が聞けるのだという。193か国が集まる国連では6カ国語の公用語が定めてある。完全に世界の職場であった。
 そして国連の平和維持活動ブース。世界には明日のごはんが食べられるかわからない貧しい人々がいる。それも世界人口の7分の1、10億人。彼らは難民とよばれ、その難民たちを救うため、国連の方々が命を懸けて働いている。
ノート、文房具などが詰まったアタッシェケースが置いてあり、その上には子供たちが笑顔でそのノートを手にしている写真が。子供に教育を受けさせるというのは世界ではまだ当たり前になっているとは言えず、安全も保障されてないそうだ。その安全のために国連では平和維持活動を行っており、地雷撤去などを行っている。だが、毎年死者は絶えないそうだ。未来の平和のために命をかけて彼らは作業しているのだ。国連本部前で記念撮影.jpg国連本部前で記念撮影
 同じ国際連合に加盟している国、同じ地球に住んでいる国なのに、その国は飢餓で苦しんでいる、またある国では紛争が絶えない、そして国連にはそれらの国の元首がお互い席について会議をする。どうしてそこで彼らはお互い解決できずに問題を引っ張ってしまうのだろう。どうしてそれでいて罪のない子供たちが飢えて病気にならなければならないのだろう。これからは僕らが背負う時代。なにができるのか、なにをしなければならないのか、自分が歩む人生の中で見つけていきたいと思う。ただあの日の国連本部はとても平和だった。

newseumと記者の精神

ニュージアムに展示されているトラック.jpgニュージアムに展示されているトラック 記者たちの世界はとてもすごい世界だった。共同通信社の記者に「もしあなたの前に血だらけの人がいたらどうしますか。」と質問した。すると「その場面の写真を撮ってから、その人を助けます」。そう答えた。それほど取材は大事なのか。すこしクエスチョンマークが浮かんだ。だがその答えはnewseumにあった。
 穴だらけのトラックを見たとき、たくさん並べられた亡くなった記者の写真を見たとき息が詰まりそうになった。生々しいあのトラックは、あの写真は、自分にとって衝撃的過ぎた。
 路上で交戦中、周りにたくさん倒れている人もいる中でカメラを構える記者の写真。その前にはヘルメット、防弾チョッキ、パソコン、カメラ。今は亡き記者が戦場で直前まで所持していたものだ。パソコンには銃の上に禁止マークがついたステッカーが貼ってあった。その記者は現地から我々に何を伝えたかったのだろうか。ジャーナリストメモリアルの中には山本美香さんの写真も.JPGジャーナリストメモリアルの中には山本美香さんの写真も
 そして、最近亡くなった日本人の山本美香記者の写真があった。彼女も先ほどの記者と同様、命を懸けて戦場の取材を続けたが銃撃されて亡くなった。2人とも自分の命に代えてまで伝えたかったことがきっとあるはず。でも、そんな記者たちが亡くなるのは理不尽な気もする。
 その後、国連の方に彼らの安全は保障できないのか聞いてみた。答えは不可能。国連の職員もただでさえ危険な作業をしている中、他人を守ることなんてほぼ無理に近いからだ。確かにうなずける理由だった。世界の人たちにそういう現実があることをぜひ知ってほしい。
 newseumを覗いてマスメディア、記者たちの精神がよくわかったような気がした。世界中の人々に命をかけて真実を伝える。僕たちはそのメッセージを受け取って、考えていかなければならない。戦場でカメラを命よりも大事に持ち続けた記者たちのメッセージ、そのメッセージが全世界に伝わってほしいと思う。ニュージアムの展示品.jpgニュージアムの展示品