一般社団法人 長野県新聞販売従業員共済厚生会

取材報告

西本茉衣 (下諏訪中学校 中3・下諏訪町)

エノラ・ゲイから学ぶこと

ライト兄弟の飛行機の前で記念撮影.JPGライト兄弟の飛行機の前で記念撮影 アメリカに到着して初めに訪れた場所が、「国立航空宇宙博物館」だ。スミソニアン博物館群のひとつでもあるそこには、ロケットやたくさんの飛行機、宇宙船などが所狭しと並べられており、あまり興味の無かった私でも本当にワクワクした。
また、驚いたのが、飛行機の一機一機に名前や意味があるということ。すべての飛行機にあるというのだから、すごいことだと思う。誰もが一度は見てみたいような、有名な飛行機もたくさんあった。
エノラゲイ.JPGエノラゲイ また別館には、「エノラ・ゲイ」も展示されていた。エノラ・ゲイはB-29ともいわれ、広島県や長崎県に原子爆弾を投下したことで知られている。そこで私は、エノラ・ゲイについての説明書きに注目した。そこには「1945年8月6日 日本の広島での戦闘で初めて原子爆弾を投下」と書かれていた。広島への原爆投下では十数万人の日本人が命を落とした。なのに、この説明書きには、そのことが記載されていなかった。こんなにもたくさんの命が失われているのに、記載されていないことにとても驚いた。         
 しかし、アメリカ人も日本人も、この戦争があったことを受け止め、二度と繰り返さないようにしようと考えていると思う。文化や考え方の違いはそれぞれあるが、一番大切にしなければいけないことは、人として同じ考えだろう。

昨日の悲しみを、明日の喜びに。

トリビュートセンター.JPGエノラゲイ アメリカ派遣の最終日、私たちは「Tribute WTC Visitor Center」という場所を訪れた。ニューヨークで2001年の9月11日に起きた、同時多発テロのメモリアルだ。被災者や被災者の家族などの体験や意見をもとにしてつくられたそこには、ネットだけでは知ることができない思いがたくさんあった。
 その時の映像やガラスの破片、熱や圧力でねじれた鉄骨。救助に行った消防士の焼けた消防服。テロの悲惨さをあらわす当時の写真。亡くなった方のたくさんの笑顔。こんなテロが本当に起きたのかと思うと、悲しく、胸が苦しくなった。
捜索の張り紙.JPG捜索の張り紙この事件で救助に行き、亡くなられた息子さんを持つ、リー・イエルピさんのお話を聞いた。彼は、息子さんの命を奪った犯人を本当に、本気で憎んだという。それは当たり前のことだろう。私だって、自分の家族が亡くなったとしたら、どれだけ憎んでも足りないくらい犯人を憎むと思う。でも彼は、「それは犯人と同罪だ」と話していた。「憎しみの気持ちを前向きな気持ちに」しているというのだ。それは簡単にできることでは無いだろう。彼がどんな気持ちなのか考えると、私はただうなずくことしかできなかった。
でも彼は、力強く、一言一言に思いを込めて、テロのことを知らない私たちに語ってくれた。「二度と同じことを繰り返してはいけない。このテロを忘れてはいけない」という思いは、私たちも同じだ。彼は「語り継ぐ」ということで自分の思いを伝えている。だから私たちも、1人1人が、自分なりのやり方で、思いを伝え、時が経っても忘れられないようにすることが、私たちに出来ることではないだろうか。