一般社団法人 長野県新聞販売従業員共済厚生会

取材報告

細谷 夢子 (中込中学校 中3・佐久市)

9・11への思い


テロ発生時の様子を語るブレンダ・バークマンさん.jpgテロ発生時の様子を語るブレンダ・バークマンさん 今回の取材で特に印象に残ったのは、9・11のお話だ。
 今回のお話を聞くまで、私は9・11についてあまり深く考えたことがなかった。「テロなんて怖いな」「大変な事件だったな」とは思っても、どこか人ごとのように感じていた。でもお話を聞いた時、涙が止まらなかった。
 日系人によって建築され、人権の生きた証といわれたビルは数十秒で崩壊し、辺り一面ビルの粉塵に覆われたそうだ。そんな中、毎日毎日救助活動が続いたという。同志の消防士達や知り合いの訃報を聞いて悲しくても、救助を続けなければならなかったブレンダさんの辛さを思うと胸が痛む。1人も生存者を見つけられなかったなんて…。
 本当は思い出したくない辛いことのはずなのに、こうして活動するブランダさんやイエルビさんは強い人だ。本当の辛さを知らない私が分かったように泣いて良いものか、とも考えたけれど、ブレンダさんが涙ながらに語ってくれるのを見た時、この想いは絶対に伝えていかなければならないな、と確信した。
 リー・イエルビさんは“明日のために”ということを何度も言っていた。9・11で多くの人が、本人だけでなく家族、友人、本当にたくさんの人が悲しみを味わった。私たちは自分のやりたいことをしっかりとやり、あの悲しみを忘れずに伝えていかなくてはならないのだと。そのためには「教育」が大事だという。私も同感だ。実際には宗教の違いやそれによる考え方の違い、などが大きく関わっていて、単純には解決できない。でも、テロや殺人がどれだけ残酷なことか、どれだけの悲しみを生んでしまうかは、教育で伝えるしかないと思う。9・11のような悲しみを決して忘れず語り継ぐためにも、教育が大事だろう。私達にできることは小さいけれど“明日をより良く”していくために今できることで協力していきたい。再建の進むグラウンドゼロ近くの街並み.jpg再建の進むグラウンドゼロ近くの街並み
 また、イエルビさんはこんな話もしていた。「テロリストたちを憎むのは簡単だった。でも憎んだら、テロと同じだと気付いた」と。人を赦すことは決して簡単ではない。しかし、憎しみを捨て許し合うことが、同じ悲しみを繰り返さないための道なのだろう。
 9・11の話を聞いて想像してみた。日々世界中で起きている内戦、そして戦争のこと。それらは一体どれほどの悲しみを生むのだろうかと。こんなにも心が痛いとは知らずにいた自分が情けなかったし、それを思うと余計涙が出てきた。この気持ちと9・11のお話は決して忘れない。
 最後に1つ、気になったことがある。憎むのは良くないと言いつつも、ウサマ・ビンラディンが米軍によって殺されたこと、それに伴い新たな犠牲者が出たことについては仕方がないというような言い方だった。当事者でないから言えることかもしれないが、報復に報復を重ねることは、新たな悲劇を生むだけなのではないだろうか。

ホワイトハウス前で反核を訴え

ホワイトハウス.JPGホワイトハウス ホワイトハウスの前に目を引くテントがあった。そこにいる1人の女性を取材した。彼女の名前はコンセプション・ピシオットさん。そこで30年以上も核兵器廃絶を訴え続けている。警察に逮捕されたことも何度もあったそうだ。
テントの横には広島と長崎の原爆被害の写真もあった。手当てを待つ人々、ぼうぜんとした表情で赤ちゃんにおっぱいを飲ませるお母さん…。
ピシオットさんは核兵器だけでなく、原子力発電にも反対の立場だ。日本については「あんな原発事故があったのだから、核というものすべてに反対するべきだ」と語った。核兵器廃絶を口で言うのは簡単だが、ほぼ365日時間、30年以上にわたって訴え続ける覚悟は並大抵ではない。彼女の何事にも屈しない心と信念に圧倒された。ホワイトハウス前で反核を訴える女性を取材.jpgホワイトハウス前で反核を訴える女性を取材
国連は、オバマ大統領が核なき世界を目指していることもあり、核兵器削減は進めている。一方、原子力発電は平和的利用との位置付けだ。しかし、福島やチェルノブイリで実際に事故が起きている。
この取材旅行では、広島に原爆を落としたエノラ・ゲイとも対面した。原爆がどれだけの被害をもたらしたかという説明は博物館になかった。原爆投下を正当化し、戦争を終わらせるために仕方なかったというのだろうか…。
今回、原爆を落とした側のアメリカ人にも異なる考えの人がいることが分かった。もっと英語を勉強し、多くの人により深く意見を聞き、自分の考えを深めていきたい。

アイリーン・ヒラノさんへの取材に思う

日米の若者がもっと交流を深めてと呼びかけたアイリーン・ヒラノさん.jpg日米の若者がもっと交流を深めてと呼びかけたアイリーン・ヒラノさん アイリーンヒラノさんへの取材では、意外なことが分かった。
日系アメリカ人は第2次世界大戦で日本との戦争が始まると、強制収容所に入れられた。アイリーンさんもその子孫であるから、アメリカにあまり良い印象を持っていないと思っていた。
けれど、それは全くの勘違いだったようだ。アイリーンさんから伝わってきたのは、“アメリカが好き”という気持ちだった。「過去にそういった(強制収容)出来事はあったけれど、それは昔のことだしきちんと謝罪もしてくれた」からだという。
また、日系人であっても日本を好きではない人がいると聞いていたので、それについても質問した。すると「それは日本を知らないから。日本に行けば、良さが分かると思う。私もそうだった」と話されていた。日本人としてうれしいことだ。
だが、アイリーンさんのように日米間の架け橋として行動する日系人ばかりではないことも事実だろう。アイリーンさんは、日系人は純アメリカ人として育てられるとおっしゃていた。だからこそ、日系人や戦争について考える時は、日本とアメリカ双方の立場から物事を捉える必要があると思った。機会があれば、日本に対してアイリーン氏とは異なる意見を持つ日系人にも話を聞いてみたい。
アメリカに行って思ったのは国旗が多いということだ。空港、ホテル、バスに至まで色々なところで見かけた。これがいわゆる愛国心ではないだろうか。ただ、アイリーンさんからも感じたように、アメリカ人は皆アメリカが大好きなんだと思う。自由の国アメリカ。私も日本の良い所探しをしてみたくなった。
ワシントンのナショナルプレスビルに掲げられている星条旗.jpgワシントンのナショナルプレスビルに掲げられている星条旗