高木 陽央 (飯綱中3年・飯綱町)
エノラ・ゲイは語っている
「これが広島に原爆を落とした憎い飛行機か。」銀色にまぶしく光る物体を私は、ねぼけまなこで見上げていた。
アメリカ取材旅行一日目、全く眠れなかった12時間の飛行を終え、ダレス国際空港におり立ってすぐ私たちは、エノラ・ゲイに会いに行った。その銀の怪物は、ぼやけた私の頭をいっきに目覚めさせた。
「エノラ・ゲイ」これが、第二次世界大戦中、広島に原子爆弾を投下した、戦闘機B29の名前だ。アメリカワシントンDCにあるスミソニアン国立航空宇宙博物館別館、ウドヴァー・ヘイジー・センターに今なお横たわっている。
エノラ・ゲイをカメラに収めようとした。大きすぎてファインダーに入りきらない。その異様なまでの大きさに私は圧倒されながら、日本人としてここに立ち、ただ悲しく、辛く、いたたまれない気持ちでいた。広島を地獄に落としたこの飛行機を、アメリカ人はどんな思いで見ているのだろう。どうしてアメリカはここに展示しているのだろう。ふつふつと疑問がわきあがった。その時、私の側にいたアメリカ人で、観光に来ていたモラード・アミリさんに、エノラ・ゲイについてどう思うかとインタビューしてみた。すると彼は、「こういうふうに展示をすることはとてもいいことだ。人が人を破壊するという行為を、これを通して考えられるから。」と答えてくれた。それを聞いて、私の日本人の心は痛むけれど、こうして人間はこの歴史上たぶん一番むごい事実を、考えなければならないのかもしれないと思った。
1945年8月6日、10万人近い日本人の命を奪ったこの戦闘機は、戦後67年過った今も、このアメリカの片隅に存在している。そのことを日本人の何人が知っているだろうか。私はこの取材旅行が決まるまで知らなかった。しかし、今こうしてながめてみて、知らないことは罪であるかもしれないと思った。
私たちは、正面からしっかり見なくてはならない。日本人にも、いや世界中の人々に、ここにまだあの歴史を作ったエノラ・ゲイがいることを知ってほしい。なぜ、こんなことになったのか、なぜ人間はここまでしてしまうのか、こんなことがくり返されないために。
大リーグで見た野球の原点
「大きい」。初めて大リーグの球場を見て感じたことだ。そして席に着いたときの威圧感、まばゆいばかりの芝、これらは何日たっても色あせることなく私の脳裏に焼きついている。
ワシントン・ナショナルズ対フィラデルフィア・フィリーズ。この二チームがナショナルパークのカクテル光線の下、戦った。
私たちは3塁側のナショナルズ側に座った。試合が始まると、さっきの球場の大きさが小さく見えた。なぜならあまりにアメリカ人が大きかったからだ。試合中は、日本のように、鳴り物などは使わず、声で思い思い応援をしていたことが、とても印象的だった。ナショナルズベンチ側の席だった私達は当然ナショナルズを応援するものだと思っていた。ところが私達の席の近くで、相手チームフィリーズを応援する声が聞こえてきた。不思議だった。日本だったら敵チームのベンチ側でそんなことをしたらけんかになるだろう。
そして、観客が端から端まで全員万歳をしてウェーブを作り、何周も何周も周っていた。私も途中から加わってみた。これまた不思議に私もアメリカ人になったみたいな気分で、観客と一体になった。そして気づいた。アメリカ人は心の底から野球を楽しんでいて勝ち負けは二の次なんだと。日本でも野球をする選手も、もっとゲームを楽しめばいいのでないかと思う。私も高校に入ったら、野球部に入る。大リーグ観戦で感じた、この野球が好きだから、野球を楽しむ精神を忘れずにいこう。